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匙を投げられ

診察日であった

どうですか?と尋ねられ、相変わらずです、との返答

少し、世間話をして、

どこでどう曲がったのか、子供のころの話となった

 

主治医には子供のころの話はしたことがなかった

それが意味のない物だと、自分は考えていたからである

過去に囚われているのは自分ではわかっていたものの

いい年をした自分が過去に囚われて、身動き出来ていないなどとは思っていなかった

よって、話す価値もないし、話して自己陶酔してしまうのも嫌なので話さなかった

 

普通の口調で淡々と、過去を話し出した

どのように育ったか、どのように育てられたか、

それによってなにを感じていたのか、

時系列で淡々と話を進めた

 

話終えると、主治医は、よく我慢してきましたね、そして耐えましたね、辛かったでしょう、と

そうですか

自分はこれが当たり前で生きてきましたので、なんとも思いませんが

少し、世間とのズレがあるぐらいにしか捉えておりませんでした

 

現に、あなたの症状にその時に受けてきた傷のようなものが現れているでしょう

はい、それは自分が一番分かっていますが、

過去のことですし、変えようがないものですし、

それに、みなさん過去に囚われながら生きていくのは生産的ではないと、おっしゃっているじゃないですか

 

過去を許し、そうですね、自分の場合は両親を許すことになりますが、

先生も散々おっしゃっていたではないですか、過去のことは忘れましょうね、と

 

主治医は自分の過去を知らなかったから、過去を許して前に進みましょう、と言っていたみたいだ

今日、初めて知って、

それは許せるものではない問題ですね、と手のひらを返した

 

しかし、囚われたままでは前へ進めないでしょう、と私は答えた

主治医は悩んでいた

私は窓の外を見ている

 

しばらく沈黙が流れ、

たぶんだが、主治医は自分への薬物療法は限界だと考えたのだろう

森田式の心理療法を勧めてきた

しかし、ここの病院では心理療法はやっていない

 

薬物療法が限界なのは自分自身がとうの昔に気が付いている

眠るためだけに、多種多様なクスリを処方してもらっているだけ

主治医には言わなかったけれど、薬物では治らないものが幼いころから根付いているのですよ

 

なぜ、そこまでして我慢してきたのですか、と問われたが、

それが当たり前だと思っていたからです、とだけ

子供の自分に大人の判断なんてつくものでしょうか、とも返答

 

小児精神科専門ですものね、先生

よくお分かりでしょう、そういうこと、とまでは言わなかった

 

『愛情』に異常なまでの執着を持つ自分を主治医がやっと理解してくれたようだった

 

匙を投げられた気がした

 

主治医の前でも言うことを聞くいい子を演じなければならなかったのかしら

今日は失敗